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髙木 美智子(たかぎ みちこ)

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塚田 圭一(つかだ けいいち)

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竹内 道敬(たけうち みちたか)

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西形 節子(にしかた せつこ)

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園田 栄治(そのだ えいじ)

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酒井 孝子(さかい たかこ)

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青木 房枝(あおき ふさえ)

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松下 かほる(まつした かほる)

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高木 秀樹(たかぎ ひでき)

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おくだ 健太郎(おくだ けんたろう)

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鈴木 多美(すずき たみ)

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佳山 泉(かやま いずみ)

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櫻井 真帆(さくらい まほ)

渡辺 まり(わたなべ まり)

 

小山觀翁(こやま かんおう)さん トリビュート ~小山先生との思い出~
小山 觀翁(こやま かんおう)
小山觀翁先生
プロフィール

イヤホンガイド創始より解説をご担当いただいていた小山觀翁先生が、平成27年3月30日にご逝去されました(享年86歳)。

先生は、昭和50年イヤホンガイド誕生当初より解説をご担当いただいて以来40年、日本の古典芸能への造詣深い先生ならではの、博識あふれる親しみやすい口調で、みなさまに語り掛けてまいりました。

ご冥福をお祈り申し上げるとともに心よりの哀悼の意をこめまして、謹んでお知らせ申し上げます。

 

 

昭和50年からの全解説本数は698本

歌舞伎
最初の解説(イヤホンガイド創始解説):昭和50年 歌舞伎座 11月 演目「籠釣瓶花街酔醒」
最後の解説:平成26年 歌舞伎座 6月 演目「実盛物語」
歌舞伎全解説本数:606本
文楽
最初の解説:昭和58年 国立小劇場 9月 演目「生写朝顔話」
最後の解説:平成26年 国立小劇場 5月 演目「女殺油地獄」                      
文楽全解説本数:92本

小山觀翁さんの声(♪音声ファイル)

小山さんの思い出をお寄せください
(お寄せいただいたコメントはこちらでご紹介させていただきます)




小山語録 過去の「耳で観る歌舞伎」より 小山觀翁さんとの思い出

小山語録 過去の「耳で観る歌舞伎」より

イヤホンガイドを借りていただいたお客様にお渡ししているチラシ「耳で観る」(発行当初は「耳で観る歌舞伎」)に掲載された小山さんの言葉をいくつかご紹介します。
文字を読んでいるとまるで声が聞こえてくるようではありませんか?

1977年6月


イヤホンガイドが芝居通の代わりを ~ベテランが話す解説の内幕~

出席者:塚田圭一/小山昭元(当時)
司会:久門郁夫(株式会社イヤホンガイド 先代社長)


--- 一昨年、歌舞伎座で同時解説のイヤホンガイドを始めたイキサツ。団体客などが、よく居眠りをしている、舞台がわからないので、コックリが出るんですね。ところが、そばに芝居通の人がいて、小声で解説してくれると、大変によくわかって、面白いという。そこで考えたのが、「芝居通」の役目をイヤホンガイドにやらせるということだったわけです。

「暫」はカラフル

【塚田】  江戸時代の歌舞伎は庶民の娯楽だったんですが、本来は今でもそうなんです。歌舞伎はわかればとても面白いんですが、わからないと退屈で居眠りがでるんです。またあまり学問的な、論理的な解釈をするとつまらなくなるんです。
【小山】 その通りで、今だって競馬や野球をするのに、「競馬学」や「野球学」なんかありませんからね。(笑い)
ですから「暫」なんかも、シラフで、冷静な目で見ていたら、ずいぶんグロテスクなものですよ。だけどあのカラフルな色彩感も、適当に興奮しながらみると、とても明るくて楽しいものになる。
   
芸者やお酒の代わり
--- そうすると、客席では、酔っぱらっていると楽しくみられる?(笑い)
【小山】 しかし、今はまっ昼間から、酔っぱらって芝居見物もできません。イヤホンガイドはそういうフンイキづくりをしてあげる。つまり、昔の芸者やお酒、お弁当代わりをしてあげるというものでしょう。
【塚田】 そうなるとイヤホンの貸出料400円はずいぶん安い。(笑い)
--- 解説の内容が、学校で歌舞伎の講義を受けるような堅苦しいものとカン違いしている方がまだまだいるんです。「あたしは歌舞伎に来てまで教えられることはないよ」って・・・
 
東大でも教えないこと
【小山】 四月の盛綱陣屋で鴈治郎の祖母が、かわいい孫の小四郎を切らなければならない場面で、刀をあげて孫の回りをまわる時、次第に刀の刃が内側にまわってゆく。つまり刀をふり下しても峯打ちしかならないように変化する。こういう細かいところは、漫然とみていては、何年たっても気がつきません。イヤホン解説だと、それがわかって興味がぐっと増す。
【塚田】 例えば、ドドン、ドンドンドーンという山おろしのタイコの音は、深山幽谷を表すものですが、こんなことは東大でも教えてくれない(笑)。しかし、こういう約束事が、その場でわかると、お芝居がまた楽しくなる。
--- 歌舞伎の解説書とイヤホン解説とは、どう違うんですか?
【塚田】 一口に言えば、芝居を見ながら的確な説明がつくということでしょう。しかも劇評のように外から批判するのではなく、内側の人間として、芝居を引き立てる。
 
「インノスケ」は困る
【小山】 劇評家や文字で書く人なら、猿之助をインノスケと発音しても通ります。また志寿太夫(シズタユウ)をシズダユウ、源太夫(ゲンダユウ)をゲンタユウと呼んでもかまわないでしょうが、イヤホンではそうはいかない。
【塚田】 イヤホンの解説はTVの舞台中継の解説と似ているようですが、大変に違いますね。アナウンサーの解説は、芝居の始めと終りにちょっとしゃべるだけですが、それでは、イヤホンを借りた人はまるでモノ足りない。また、教師の講義型では、楽しみにきている観客は怒りだす。結局、今まで全くない新しいジャンルのものですね。
--- 時おり「解説が芝居のジャマにならないか」ということを尋ねられますが。
【小山】 セリフや義太夫などに解説がかぶる点のよしあしは、一概にいえません。セリフには原則としてかぶらないようにしていますが、義太夫の語りがわからない人が多いので、ある程度かぶせることはあります。しかし、聞かせたいところはその前に解説を話し終えておくように、ケースバイケースで・・・
【塚田】

説明内容がたくさんあるのに間合いが20秒しかないときなどは、とりあえず20秒で話して、また別のところで補ったり・・・

解説は特選商品

--- 解説内容は初心者向きか、上級者向きかという点は・・・?
【小山】 程度の高いところを、どなたにも理解してもらうように説明します。デパートの特選コーナーは良いものを高く売りますが、われわれは、特選高級品を安く売っています。(笑い)
【塚田】 イヤホンガイドの解説は、せっかく高い入場料を払ってくる観客に、さらに何倍も楽しんでもらうように工夫していることです。
--- 実際、一度借りた方は次に必ず利用されます。
【塚田】 イヤホンガイドで十分に歌舞伎を理解して、イヤホンがなくても楽しくなる人が増えるといいですね。
【小山】 だけど「卒業生」ばかりになると、経営が困る・・・(笑い)
--- 大丈夫です。どんどん新入生が増えますから。


1977年9月

「学校で教えないこと」

暑さ寒さも彼岸まで、と申しますが今年の夏は、暑かったり寒かったりでしたね。
私は、九月は「八幡祭」と「蚊喰鳥」をご説明しております。ともに、見ればわかる、といえばそれまでの芝居ですが、それで筋はわかるにしても、芝居を見る場合に、現代劇と違って、その時代の生活感覚を持つか持たぬかでは、面白味が変わってまいります。
たとえば、「猪(ちょ)牙(き)」という舟があります。細長い、スピードは出るが、不安定な小舟です。
これがタテ何尺ということは、調べればすぐわかる。けれども、大切なのは、この猪牙舟の機能であって、猪牙というものの印象を、「早い」→ショートタイム、と受け取ることが、とりもなおさず、江戸時代の生活感なのであります。
「猪牙の蒲団も夜露に濡れて・・・」と、小唄にありますのは、つかの間の逢瀬をあらわすのですが、そういうことは、いまでは理解しにくいとみえて、舟をこぐように振り付けする舞踊家が現れたりします。
こういう時に、イヤホンガイドを使っていただければ、間違った解釈は未然に防げるわけであります。
私の解説は、学校で教えないワルーイことを、そっとお教えすることもあります。


1980年11月

「解説者を試す見巧者」

小山観翁氏
初め私は初心者向けと考えてかるくお引き受けしたんです。ところが、よく観ている方が聴いていてね。オレはこのくらい知っているんだが、解説者はそれを知っているかな、とためしに借りる人まで出てきます。まるで当方が試験をうけているような感じがして、ずいぶん勉強するようになりました。

解説も難しいことがありますな。「関の扉」なんかはこれまで全部観た人は、ダレもいない。台本もない。あの場面をなんとか解説しろ、というのですからね。しかし、そういう難しい芝居ほどイヤホンはよく利用されるというんですから、解説者たるもの、タイヘンですよ。
小山觀翁さんとの思い出
イヤホンガイド創始より解説をご担当いただいていた小山先生は、他の解説員にたくさんの思い出を残してくださいました。




塚田圭一



「最後の通人」
 
「義経千本桜」吉野山道行の静御前を四十年程前、読売ホールで拝見したのが出逢いのはじまりであった。見事な静におどろいた。

とにかく、歌舞伎通であり、寄席通であり、江戸通で、役者の話、噺家の話はもとより俳諧のことから、勘亭流の技、御祝儀の包み方にいたるまで幅広い話題はつきることなく、大変楽しく聞かせていただいたし為にもなった。学者、評論家というより、粋な通人という感じで、こんな方はもう二度と出てこないであろう。
 


髙木美智子

「ひょんな出会いで50年」
放送局を辞め、フリーアナウンサーとなった50年ほど前の初夏。私は名古屋の電通の人を訪ね、その人が外出中で隣の席の方と初対面にも関わらず、歌舞伎・文楽・邦楽・舞踊と4~5時間も話し込んでしまいました。その方が、小山昭元(観翁)さん。その後、小山さんの企画されたイベントで司会をさせていただいたり、東京のご自宅へ小山さんと親交のあった私の話芸の師・高橋博先生に連れて行っていただいたりと、親しくお付き合いさせていただきました。
イヤホンガイドの発足時、小山さんがオーディションテープを録音されるとき、聴き手としてご一緒させていただき、そのまま試験放送にも関わり、解説者として40年。初期のころ、小山さんに教えていただいた沢山の事が、私の解説の源となっています。私の解説を聴いていただいた小山さんの感想が私の指針でした。

突然のお別れ!まだ信じられません。小山さんありがとうございました。

       



竹内道敬


「小山觀翁さんのこと」

初めてお目にかかったのがイヤホンガイド。江戸時代にもいたであろう物知りでご隠居さん風で歌舞伎通。觀翁という名乗りにふさわしい人。戦前から戦後にかけてのたいへんな時代に、上方を含め歌舞伎を観続けていた人。時間とお金があったうらやましい人。この世の人とは信じられなかった。証拠の切符や筋書まで取ってあった。記憶力とおしゃべりに秀でた人。そんな人ももういない。


「余白の美」 酒井孝子

解説の担当に加えて頂いたのは、本放送が始まってから2年目だったろうか。初めてお目にかかった時、お名前から想像していたよりも遥かにお若いのにびっくりした。
まだ解説に馴れない頃のこと、ある踊りの演目の“所作だて”のところで、目いっぱいおしゃべりをしてしまったのだが、小山先輩から「曲が美しいところは、お客様に浄瑠璃をちゃんと聴かせなくては。おしゃべりばかりでは聴く方が疲れる。ゆとりを忘れずに。」と“余白の美”に通じるこのひと言を、私は今もモットーの一つとして大切にしている。
博学多識の上、「○○年○○座で○○丈が演じた松王丸は・・・」と即座に出てくる記憶力のすばらしさ。固い会議の空気も和らぐ、もの静かなお話しぶり。まさに「文人墨客」という言葉がピタリと当てはまる最後の方だった。
もうお目にかかれないことが残念です。

心から御礼とともに御冥福をお祈り申し上げます。

       



青木房枝


「小山さんを偲んで」
 
満開の桜がちらちらと舞っているとき、風流人らしく逝ってしまったと・・・独特の話術で実際に自分が演技をしている様に、舞台の動きやその心まで、あの細やかな舞台の説明をもう聞くことが出来なくなってしまったのかと思うと残念です。

「実によく芝居を知っているね。」と感心していた主人もあの世に旅立ち、本当に寂しくなってしまいました。世の無情をしみじみと感じている今日、この頃でございます。 合掌



松下かほる

小山さんと初めてお会いしたのは、私が青山学院の「国劇部」時代。当時、小山さんの学習院と青学とが各々「国劇部」を立ち上げ合同公演もしていて大先輩小山さんは近寄りがたい立女形でした。
その後、何年も経ってイヤホンガイドで再会、今日までの長いお付き合いになりました。

色々とご指導頂き、時には優しい励ましの葉書を頂戴したこともありました。偶然にも、私の五月の解説は小山さんと何度かご一緒に担当させて頂いた「桂川連理柵」で感慨もひとしおです。合掌。

       



高木秀樹


「觀翁先生を偲ぶ」

「頼むから早く上手くなってくれない?」
觀翁先生はそう、わたくしにおっしゃいました。解説者歴が十年を過ぎた頃です。わたくしの解説の拙さに言わずにはおられなかったのでしょう。自分の情けなさに涙が出ました。

「何か変わったな」とおっしゃって頂けたのは十二年目のこと。どうにか及第したのかと、また泣けました。“駄目”を出してくれる先生がもういないなんて・・・。これまでのご指導、本当に有難うございました。




鈴木多美

スタッフの方々は「小山先生」と尊敬と親しみを込めて呼んでいました。
機嫌を悪くした姿は、ついぞ見かけませんでした。
舞台稽古を観ながら解説なさる「同時録音」は小山先生の専売特許です。
40年前には「小山亭」という席亭をお持ちで今の坂田藤十郎丈も出演なさったそうです。
長年、超一流の舞台に接して、それを話芸に昇華させたのは、まさに偉業と申せます。
合掌。

       


岡本優衣子

小山先生にはこの20年間、舞台芸術だけではなく、落語や浮世絵などあらゆることをご教授頂きました。当たり前だと思っていた楽しい時間、どんなに貴重だったかと今更ながら思います。
先生がよく仰いました。
「お客様はわざわざお金を払ってチケットを買い、劇場に足を運び、お金を払ってイヤホンを借りて下さる。終演後に"使って良かった!"って思って頂きたい!…でも未だに100%満足することはないんだよねえ」



佳山泉

「はいお待たせ致しました!」
このフレーズを聞くと、お芝居を観るワクワク感が自然と高まりスッと芝居の世界に誘われました。小山先生の話芸と、膨大な知識や見聞に裏付けされた解説。それは舞台稽古を観ながらの同時録音という方法で、生み出されていました。手元にあるのは、台本のみ。原稿はないのに、ピタッと納まる解説が絶妙なタイミングと話芸で表現されてゆくのです。
先生の解説は「芸」そのもの。

小山先生からご教授いただけたことに感謝し、少しでも近づけるような解説を作り、恩返しが出来たら…と思います。


       

 

『先生、お浄土は美しいところですか?』 五十嵐淳子

「いやぁ 貴女の解説は、話し始めが結構ですなぁ。とにかく芝居が好きで好きで堪らないという そういう気分が伝わってきて、聴いているこちらも、これから始まる芝居にワクワクする。」
他に褒めていただけるようなところが無かった為の先生のお言葉だったに違いありませんが、今でも忘れられない大切なひと言です。 

10年に満たない短いおつき合いでしたが、ご教授いただいた幾つもの事々を胸に、精進してまいります。ありがとうございました。合掌

 

飯村絵理子
直接お話できる機会は少なかったですが、イヤホンを通して聞く観翁先生のお話にはいつも心躍らせていました。私の知り得ない時代の役者さんたちとの交流。その至芸のすばらしさ。紙の資料からでは受け取る事ができない、生命感をもって耳に流れ込む、それらの貴重な話は何にも代え難いものでした。また、見巧者の視点を追体験させてもらえる解説。心地よい話術。観翁先生は、これからもずっと生涯届くことのできない憧れです。

       

「小山先生との思い出」 渡辺まり

子どもの頃から芝居に親しんできたせいか、以前はイヤホンガイドの存在に全く目を向けていなかった。それが小山先生と先生の解説に出会い、いままで知らなかった芝居の奥底に足を踏み入れることとなった。先生にお声をかけて頂いたことがきっかけで解説員の道を歩み出したが、ある時、かつて先生が解説をされた『勧進帳』のテープを送ってきて下さった。それは先生の教えであり、私の目標ともなったものだ。これからも、師に少しでも近づけるよう、あの『勧進帳』を目指してゆきたいと思う。


 

Faith Bach

Mr Koyama was a true gentleman.  He offered up his theatre seats to ladies.  He unfailingly had a big smile on his face, and was perfectly polite and pleasant to me at all times, no matter how bad a mood I was in.  I shall miss him always.

訳:小山さんは本当の紳士でした。解説のチェックをするときにはいつも女性解説員に席を譲ってくれました。常に笑顔で、礼儀正しく、私がどんなに機嫌が悪いときでも快く接してくれました。これから寂しくなります。

イヤホンガイドをご利用いただいておりますお客様の中には、小山さんのファンが大勢いらっしゃいました。
いただいた思い出の言葉をいくつかご紹介させていただきます。


小山観翁 先生の思い出

初めて歌舞伎座に連れて行ってくれたのは義理の母でした。一階正面東側から入ったすぐ右手の小さなブースを指さして、「この中に解説の方がいらっしゃるんですよ」と小声で教えてもらい、それ以来、イヤホンガイドさんは毎日ナマで舞台に合わせて解説をされているのだと、実はつい最近まで思いこんでいました。踊りの名手だった五代目のお話や吉右衛門さんの江戸言葉の美しさ、大薩摩節の由来など、その都度小山先生の解説から教えていただき、いつしか先生の解説を聴くのが楽しみで、幕見にも通うようになりました。義理の母も亡くなりましたが、イヤホンガイドを耳にするたびに、改装前の歌舞伎座のほの暗いブースと小山先生のお声、そして母を思い出します。長い間、ありがとうございました。

ロキシーホテル京都丸太町 支配人 齋藤薫彦


 


N.K様

歌舞伎見始めたばかりの私に、伝統芸能って何がスゴいのか何で素晴らしいのかを、言葉じゃなく歌舞伎を愛する心や佇まいで教えてくれた人でした。勘三郎さんがいなかったら、歌舞伎を見てみようと思わなかったし、觀翁さんがいてくれなかったら、歌舞伎をもっと見てみようと思えなかった。ありがとうございました。お疲れ様でした。
さみしいけど泣かんときます。觀翁さんご自身は天国で懐かしい名優達に出会えてウキウキしてはる筈やから!

 


かたしゃぎり様

歌舞伎が好きなのか?観翁さんのイヤホンガイドが好きのか?わからないほど大ファンでした。むかしはどの演目が観翁さんが出演するのかわからず、まずイヤホンガイドのチラシで今日聞けるとわかると嬉しくなったものです。生涯、わたしの耳から声はなくならないと思います。ありがとうございました。観翁さん!


 


こっちゃん様

私が芝居にのめりこんだ昭和50年ごろ、代官山で、日本の伝統芸能のレストランシアターを始めた方がいらっしゃる、と、ある丈から伺いました。何かの催しでそのレストランシアターに伺い、オーナーが小山觀翁さんでいらっしゃることを知りました。その後、昭和が終わった年、まさに昭和天皇のご大葬の日に、初めて小山さんにお目にかかりました。若い見物を育てたい、と常に考えていらした、その思いがイヤホンガイドにもあふれていらしたと思います。私を歌舞伎にいざなってくださった、何人もの恩人のお一人です。