園田 栄治(そのだ えいじ)
【園田語録】
その1 「適切な一言こそ…」
その2 「役割と懸念」
その3 「体全体で酔ってみるのも」
その4 「狂言名題の謎解き」
【初解説】      1978年2月 蘭平物狂
【プロフィール】
  日本エム・アイ・シー且ミ長。MICグループ代表。学習院大学講師(広告論)、日本舞踊(若柳流)名取・若柳喜次郎。
  昭和44年から篝火舎心亭(かがりやしんてい)の名で雑俳宗匠としても活躍。編著書『言葉のおしゃれ学 平成雑俳大興行 奥の近道』(扶桑社)では、雑俳の一種として川柳も取り上げています。興味がおありの方はぜひご一読ください。

小山観翁 筆 
 どんなに、ものに驚かない人でも、園田氏がコンピューターの草わけだときいたら、大概びっくりするであろう。
 何事にも、真剣に取り組む人柄だから、あのようなメカニズムの先端をゆく仕事もでき、その正反対ともいえる歌舞伎の解説にも、堂々たる見識を披露出来るわけで、このように広い視野を持った人物を、私は、いつも羨望の目で眺めてきた。
 この人、学習院国劇部のキャプテン時代に「傾城反魂香」のおとくを、自ら演じたこともあり、三代目時蔵ばりの名演で、見物を驚かせたものだ。
 何しろ、よく驚かせるお人である。

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【園田語録】 その1 「適切な一言こそ…」
 ずいぶん昔のことですが、地唄舞の会に招かれて、小山観翁氏と交替で幕間解説をやったことがあります。

 神崎ひでさんの「御所のお庭」という小品でしたが、この時、観翁氏は、

「『小犬はよろこぶ・・・』のところは、単に右手で向こうを指すだけですが、皆さんには、雪の上を小犬が本当に走ってくるように見えるはずです。それが芸の力です。」

と解説されました。

 果たせるかな、そこのところは、ゾッとするほどの素晴らしさで、すこしザワめいた客席から感動の「手」がきたのを覚えています。

 以来、古典芸能の世界では、「芸の力」とともに「解説の力」というものも、大切なんだ、と思うようになりました。

 適切なひと言の威力をこのとき体験したからです。

 今日(こんにち)、ご案内役として、舞台を見ながら、マイクに、いつも心がけていることは、この「適切なひと言」です。

 できるだけ観劇のお邪魔をしないよう、しかし、すこしでも多くの感動を増幅できるように・・・。

 それが理想だと思っています。
【当社発行パンフレット「耳で観る歌舞伎」1985.11より】
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【園田語録】 その2 「役割と懸念」
 最近、ようやくイヤホンガイドを聴くようになった歌舞伎通の古い友人。
 「お陰で居眠りしなくなったよ」。

 よく聞くと、イヤホンには役割と懸念が二つずつあると指摘してくれました。

 まず利点は
 「初心者の食わず嫌いに役立っているだろう」。
 「中級者以上には ”おのが知識の再確認” ができて、少しばかり優越感を覚えて楽しい」といいます。

 懸念のほうは、
 「あれは中毒症状を起こして、観劇のたびに借りてしまう」。
 そして
 「知識の蓄積と鑑賞眼を磨く努力に問題を起こさないか」
 とコーマイな話になりました。

 ともあれ私は、ご観劇の邪魔をしないように、しかし居眠り癖の友人を眠らせない工夫もしたいと思います。
【当社発行パンフレット「耳で観る歌舞伎」1994.3より】
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【園田語録】 その3 「体全体で酔ってみるのも…」
 私は小学校五、六年のころから「般若心経」を諳(そら)んじていた。

 別に寺方の縁があったということでもないので、「門前」ならぬ「仏前の小僧何とやら」である。

 とりわけて亡父が信心深かったわけでも、ことさらに息子を意識したとも思えない。

 ただ月に何度か供花が届くと小さな仏壇に向って父の読経がはじまった。

 かなりの音痴だったが、お経はそれが耳立たない。

 酒が入ってご機嫌のとききまって聞かされた母校、慶応義塾応援歌のひどさに比べれば余程ましで、子供心にも、不思議な感じがしたものである。

 もっとも父のそれにならって、丸ごと覚えこんだ私の心経が、後年、本物の経本を手にして間違いだらけだったことに気がついた。

 小学生の「キミガアヨオワ」と同じで、意味も判らず音だけでしみ浸みこんでいるから、全体の艶と調子、雰囲気は実にそれらしいと自分でも思うのだが、細かいところの間違いは今だに直らない。

 間違いのまま伝承して、今では墓参りなどで、私の心経に子供たちが手を合わせている。


 お経と歌舞伎を一緒にして、細かい理屈はともかくも、身体で全体の雰囲気に酔ってみるのが一番楽しめるといえば、両方からお叱りをうけそうな気もするが、どうも両者のもっている音楽性には共通なものがあり、初心の原理はそんなところではなかろうか。

 「しがねえ恋の情が仇」
 「月もおぼろに白魚の」
 「知らざあいって聞かせやしょう」

 厄払いといわれるこうした名せりふの共通項はどれも音楽性であって、文章の意味内容のせんさくはあんまり重要とは思えない。

 第一、せっかく朗々と調子をあげて語りかけてくれるのに言葉尻を追って頭で理解しようとしていては、身体が感じる心地よさが半減してしまう。

 そう。歌舞伎を楽しむ第一歩は生理的に、身体で感じることであろう。

 理屈ぬきに七五調の名セリフに酔ってみることである。

 言葉や約束事や、原則を知らなくても、欧米の音楽を聴いて楽しいのは、文字通りそれが「音楽」だからである。

 まことに失礼ながら私にとって般若心経は、やはり音楽だった。

 してみると歌舞伎を楽しむ早道の一つは、音楽として身体に浸みこませてしまうことである。

 気に入った厄払いの名セリフを一つ、気取った調子でやってみることをおすすめする。

 好きな役者の口跡を真似るのが一番いい。

 旋律・抑揚(メロディー)、間・拍子(リズム)、と調和(ハーモニー)という音楽三原則といえば難しくなるが、要するに全体の調子さえつかめれば、それが歌舞伎の全てに通用する。

 それに厄払いのセリフの中には、歌舞伎のしゃれっ気や、文学性や、役者の個人的な事情まで、あらゆることが詠みこまれている。

 江戸文化の凝縮がそこにあるといってよい。

 活字にして十行程度、まず丸暗記してしまってから、そのあたりのことをせんさくする楽しみが次にやってくる。
【当社発行パンフレット「耳で観る歌舞伎」1987.4より】
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【園田語録】 その4 「ここを観て…聴いて… 狂言名題の謎解き」
 ひと昔前まで芝居の題名のことを、江戸では「名題(なだい)」、上方では「芸題(げぇだい)」、今は「外題(げだい)」ともいいます。

 これがまた実に凝ったもので、洒落や語呂合わせ、掛調縁語、場合によっては謎かけから隠し言葉まで、じっと見ているといろいろなことに気付かされて興味がつきません。

 おそらく作者たちはこの「狂言名題」を考えることに相当の精力を費やしていたでしょう。

 しかし同時にそれは、作者冥利の楽しみでもあっただろうと思われるのです。

 原則として字数は奇数。

 もちろん芝居全体の題名ですから、内容や役名を暗示する感じが選ばれます。

 読み下しのわかりやすさ、調子のよさという点では、「俳諧」や「雑俳」の素養が大いにものをいいました。

 そこで春弥生三月。

 今回は三座競演の演目の中から、少しばかりその謎解きの面白さを取り上げてみましょう。

 ☆ 歌舞伎座2001年3月 ☆

  『藤娘』の本名題は、

 「哥へすがへす余波大津絵(かえすがえすなごりのおおつえ)」で、

 「余波」と書いて「なごり」と読ませているのは、二世関三十郎(せきさんじゅうろう)の難波(なにわ)上りの「お名残」を効かせています。

 「けいせい反魂香(はんごんこう)」の大切り(おおぎり)所作事(しょさごと)でしたから大津絵の五変化(ごへんげ)が仕組まれました。

 俳名(はいみょう)が「歌山」。

 上方へ「帰す」のは「返す返す」も残念というところを「哥」の字にしているのが味噌です。


 『金閣寺』は「祇園祭礼信仰記」(ぎおんさいれいしんこうき)。

 祇園信仰は今日でも深いものがありますが、この「信仰」は「信公」で、信長公のこと。

 事実初演のころは織田信長一代記であるところから、「信仰記」ではなく「信長記」となっていました。

 ちなみに、信長入京の最初の陣が、祇園だったといいます。


 『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)は、文字通り鎌倉からはじまって、西へ上る双六形式です。

 三大仇討ちの一つ伊賀上野の「鍵屋の辻」が下敷きになっていますが、「伊賀越」という言葉の響きには江戸時代、物盗り、山賊の怖ろしさがふくまれていました。


 ☆ 新橋演舞場2001年3月 ☆

 浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の殿中刃傷事件(でんちゅうにんじょうじけん)は元禄十四年三月十四日、まさしく丁度三百年前です。

 おびただしい数のお芝居が出現しました。

 その集大成、お手本の意も込めて討入り四十七年目に作られたのが『仮名手本忠臣蔵』でした。

 全十一段は義士の「士」によっているだろうといわれ、二月から十二月まで一年間の季節に当ててあるようです。

 さてこの本名題の中に隠されていると古くからいわれている「謎」の、主なところを列挙してみましょう。

 「金蔵」(かなぐら)の中に忠臣がいる。

 その蔵は大石内蔵助の蔵で「いろは蔵」、「いろは茶屋」のなぞり。

 そして浅野家の大名火消は火事早い江戸の「蔵守り」として有名でした。

 芝居道の「神座」、これの読みは「かみくら」です。

 仮名の「いろは」が四十七士。

 その「いろは」手習の手本という辺りまでは、納得のうちですが、この芝居の真の主役は加古川本蔵でその本と蔵の間に忠臣がいるという説もあります。

 いかがなものでしょう。


 ☆ 国立劇場2001年3月 ☆

 大南北の「阿国御前化粧鏡」。

 二十六年ぶり、装いも新たにということで『新世紀』と書いて「いまよう」と読ませています。

 むろん当世風の意を持たせながら二十一世紀を効かせているのですが、「累(かさね)」のところでは復活の重ね重ね、累の顔が阿国御前のドクロに変わる見せ場のことを詠み込んでいるかも知れません。

 「化粧」は「化生」に通じていることももちろんです。
【当社発行パンフレット「耳で観る歌舞伎」2001.3より】
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