イヤホンガイド
塚田 圭一(つかだ けいいち)
松下 かほる(まつした かほる)
初解説
1982年5月 藤娘・保名
私がカブキを初めて観た日
私は覚えていないのですが、母に連れられて芝居通いをしていた時、役者が登場する度に私は「出てきた、でてきた」。
お姫様が泣き崩れれば「泣いてるネ」とか、大きな声で同時解説(イヤホンガイドの元祖か)して、迷惑この上ない子だったそうです。
戦後、なぜか私の目にあざやかに残ったのは「弁慶上使」の信夫。
今の時蔵の父、先代時蔵が芝雀と名乗ったころ、二十年代の美しい舞台です。
プロフィール
血液型 O型
星座 さそり座の女です
干支 秘密…(だって年がバレるでしょ)
性格 徹底的やじうま。
火事はジャンと半鐘が鳴ったら(この頃は消防車のサイレン?)、最前列で鎮火まで見届ける。
以前、万引きが、ガードマンを押し倒して逃げる瞬間を目撃し、犯人が捕まるのを確認するまで見ていたら、目撃者として警察で証言するはめに。これ、やじ馬が災いした。
でもよく言えば、知的(?)好奇心旺盛ってことじゃありませんか?
従って、新しいものにはすぐにとびつきたくなる。
学生時代 学校が渋谷だったので授業が休講になると東横ホールで芝居を観ていた。授業には真面目に出席し、その他は歌舞伎座、演舞場、明治座と芝居に明け暮れていた。
国劇部に在籍、学生歌舞伎の公演の時は、筋書き作りに専念、広告とりもした。
当時、よく学習院大学の国劇部と合同で公演をし、その学習院の大先輩に今の小山観翁氏が。近寄りがたい名立女形としての印象が強烈だった。
職歴 フジテレビ、ニッポン放送アナウンサーを経てフリーに。
現役時代は、ニュースからコマーシャルまで何でも担当。メインは矢張り舞台中継。初めての中継担当は、新宿第一劇場の市川少女歌舞伎の「河庄」。
芝居に関わり過ぎ、アナウンサー室からリストラされて、舞台中継専門の演劇課へ配転。中継の裏方として毎日毎日、どこかの劇場に通う日々。歌舞伎は勿論、女剣劇、歌謡ショー、宝塚歌劇と舞台中継華やかな時代で、先々代の市川團十郎の襲名など懐かしい思い出。当時、制作の別の部にいたのが、塚田圭一氏。
イヤホンガイドの担当は1982年から。
こだわり 日本語。きちんとした美しい日本語。若者言葉も流行語も外国語も大いに結構。時と場所を選んで使いもするが、でも、基本の正しい日本語は大事にしたい。
何時も、何時もこだわっている。
此れからもこだわり続ける。
義太夫の文句の名文に、言葉の文化の深さに圧倒され、作者の深い教養に脱帽。
21世紀の夢 国立文楽劇場が、連日満員になること
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