「油照り」なる独特な呼び名まである大阪の夏の暑さ。 歌舞伎の舞台でそれを味わっていただくのが『夏祭浪花鑑』です。
あぶら汗と血とを、ごった煮にしたようなこの狂言には、歌舞伎で「もっとも美しい殺し場」が出てきます。
「団七内の場」「屋根上捕物の場」はあまり上演されませんが、これがあると、主人公・団七九郎兵衛と、もう一人の侠客・一寸徳兵衛の、男のきずながより鮮明になります。
団七にはお梶、徳兵衛にはお辰という女房がいます。 このふたりの、きっぷのよい「極道の妻」ぶりもまた、楽しみの一つ。 「うちの人(徳兵衛)がホレたのはここ(顔)じゃない。ここでござんす!」と胸を指したお辰が、花道をさっそうと引きあげる名場面。
余り話ですが、先代の勘三郎、あるとき楽屋で「胸のかわりに、ここ(おへその下)にしてみようか?」
主人公は魚屋くずれの団七。 気は荒いが、題名の字のとおり、義侠の「鑑(かがみ)」で、旧恩筋の侍・磯之丞が相愛の遊女・琴浦との仲を、悪者に邪魔されていると知り、「お助けせねば」とひと肌脱ぐことに。
妻のお梶、老ヤクザの三婦(さぶ)、同世代の徳兵衛とその妻お辰・・・といった老若男女さまざまな、大阪の極道もんが協力してくれるが、 身内にひとり、裏切り者がいたのです。
それはお梶の父、つまり、団七の舅の義平次です。 この欲深じじい、琴浦を悪者に売りとばして、たんまり稼ぐはらづもり。 すんでのところで気付いた団七は、義平次のもとから琴浦を救い出して事は治まったのですが・・・
妖美な殺人絵巻は、かくしてベールを脱ぐのです。 町はずれの井戸端に響きわたる、夜祭のお囃子。 かなたに揺れるちょうちん行列の灯。 そんな中で、泥と汗と鮮血にまみれて義父と子が、切りつ切られつ闇にうごめく・・・・
この立ち回りで団七が決める見得の種類は、ゆうに十を越えます。 あたかもそれは夏祭の、いろんな色かたちの山車や御輿が、一堂にひしめいているかのよう。 |