五十嵐淳子2014年1月
『天満宮菜種御供』の二幕目第三場を、「時平の七笑」と呼ぶのは、幕切れに藤原時平が、七つの笑いを見せるところに由来するものですが、平安後期、わが国ではじめて仮名で書かれた歴史物語として知られる「大鏡」の巻二には、御所で、ある書記官との書類のやり取りの際、その書記官が突然の放屁(おならです)、これを聞いて吹き出した時平はどうにも笑いが止まらなくなり、「あとは右大臣にお任せ申す」と道真に後を託し、その場を転げるように退出したこあったと記されています。
この話は、初演当時このお芝居を見た某国学者によっても語られており、藤原時平という人物、“笑い病”というか“笑い癖”があたということは、どうやら事実のようです。
“七笑”が、こうした史実に語られるエピソードに基づいたものであったのか、作者の創作であったのか、演じる役者の工夫であったのか、なかなかに興味深いところですが、他の作品では公家悪の代表として知られる藤原時平を、心優しい若き公家に設定しながら、腹の底では着々と策略を巡らす誠に近代的な人間として描いているところが、このお芝居の最大の面白味と言えるでしょう。
この国の権力を全て我が物にした時平の、幕が降りた後の「笑い」もお聞き逃しなく。
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