『義賢最期』
(よしかたさいご)
本名題:『源平布引滝』
(げんぺいぬのびきのたき)
くまどりん
源平争乱の“幕あき”を描いたお芝居。
『仮名手本忠臣蔵』を書きおろした名コンビ、並木千柳(なみきせんりゅう)と三好松洛(みよししょうらく)の合作で、平清盛の暴虐ぶりと、木曽義仲の生い立ちを主な題材にしています。
源義朝(みなもとのよしとも)が平家に討たれたあと、義朝の弟・木曽義賢(きそよしかた)は、シンボルの白旗を大切に守っています。  清盛の使者が、義賢の館へ来て「義朝の頭蓋骨を踏んで、清盛公への忠誠を誓え」と迫りますが、義賢は平家へ反逆する心ありととがめられるのもかまわず、使者を殺します。 「義賢許すまじ」と館に押寄せる平家の軍勢。
「もはやこれまで」と悟った義賢は、下部折平(しもべのおりへい)・実は源氏の武士多田蔵人(ただのくらんど)に、源氏の再興を託し、折平の妻・小万(こまん)には白旗を、小万の父・九郎助には義賢の奥方を、それぞれ預けます。
大詰の激しい立ち回りのあと、義賢は壮絶な最期をむかえる。  ここが有名な見どころ。
口をぱくりとあけて、高二重(たかにじゅう:館から庭へ上り下りする階段)の上から平舞台へと、前のめりに倒れ落ちるのです。  スタントマンの吹き替えなど一切ナシ。  息を呑むような、危険な演出です。

この演目は、猟奇的とかグロテスクとかよく言われます。 例えば「髑髏を踏め」などというところ。 江戸時代の、キリシタンに対して行なわれた踏み絵を思い浮かべていただきましょう。  当時、キリシタンであるかどうか調べるために役人がキリスト像を踏ませたのが「踏み絵」です。  お芝居では、平清盛の使者が木曽義賢に「兄・義朝の頭蓋骨(ずがいこつ)を踏んで平家への忠誠を誓え」と清盛の命令を伝える。  ここで、義賢が刀で病身を支えながら、義朝のドクロを蹴ろうとする。  言うほうも言うほうですが、やるほうもやるほうです。  人間として許されない行いが舞台で展開します。  また、幕切れに折平の妻・小万に源氏の白旗を渡すところなどはホラー映画そのものです。
『義賢最期』は、『源平布引滝』の中の一幕ですが、あまり上演されません。 でも、しばしば上演される『実盛物語』の、前のくだりですから、上演されたら是非ご観劇ください。 
『実盛物語』だけを見ていると、死骸として戸板で運ばれてきて、ほんの一瞬息を吹き返しただけですぐまた絶命してしまう小万(こまん)が、なぜ、一幕出ずっぱりの葵御前よりも格が上の役者がつとめるのか、ちょっとピンとこない。  でも『義賢最期』を知っていると、『源平布引滝』全体のすがたが見通せて、「主演女形は小万、助演女形が葵御前や待宵姫なのだなぁ」と腑に落ちます。
⇒『実盛物語』(さねもりものがたり)へ
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