歌舞伎は古典芸能ですが、史実をなぞるものとは限りません。 この演目もそのひとつ。 タイトルは“義経〜”ですが、実は豊臣氏の大阪落城を扱った作品です。
江戸の中期の初演時には「家康公暗殺をにおわす場面がある」との理由で上演禁止をうけ、たびたび改作されて現在の形になりました。
義経=豊臣秀頼、頼朝=徳川家康、義経の大老・泉三郎=真田幸村にそれぞれ置き換えられます。 主人公は五斗兵衛(ごとべえ)。 五斗兵衛とは、反徳川のヒーロー後藤又兵衛(ごとうまたべえ)のことで、歩く仁王様のような豪傑。
五斗(一斗は18リットル)の酒でも平気で呑めるという人物です。 この人物が、滝のように注ぎながら呑む「滝飲み」、しだいに酔ってゆく姿や三番叟(さんばそう)を踊る姿を、楽しく見せてくれます。
今、鎌倉の頼朝と京都の義経と対立は、一触即発、天下分け目の戦いは近い。 大酒呑みの目貫師(めぬきし:刀の柄を装飾する職人)五斗兵衛は、もともと木曽義仲(きそよしなか)に仕えたという軍師で、 息子を鎌倉に人質にとられています。
義経の大老・泉三郎(いずみのさぶろう)は五斗兵衛の才能を見込んで、五斗兵衛を、義経の参謀に推します。
五斗兵衛は、義経の館に出向きますが、そこには泉三郎のことを良く思っていない悪臣たくらみがありました。 義経の館で酒を出されて、五斗兵衛は呑む…
どんどん出される… どんどん呑む。 当然ご酩酊、ろれつも回らず義経の怒りを買って、参謀の話はご破算。 フラフラになって、三番叟まで舞って、泉三郎の館へ戻ってきた夫を見てあきれはてる妻の関女(せきじょ)。
妻は、酒におぼれて出世のチャンスを逃した夫・五斗兵衛をさんざんになじり、離縁を迫る。 どこ吹く風の夫は、三行半(みくだりはん:離縁状)を書いて、そのまま寝込んでしまう。
というわけで、夫婦離婚。
館のあるじ、泉三郎は、ベロベロの男を目の前にしつつも、その才覚と器量を信じています。 わざと空鉄砲(からでっぽう)を放つと、酔っていても男はぴんと起き上がり、空砲だと聞き分けます。
聞き分けただけでなく、空砲の音の気配で、頼朝の軍勢が間近に迫りくるのを察知します。 やはりただ者ではなかった五斗兵衛、義経の参謀となります。
そして泉三郎と五斗兵衛は出陣の準備をする・・・
と、「ごめんなさいね」と復縁を願う元妻・関女。 聞き入れない五斗兵衛。 「鎌倉から人質の息子を取り返してきたら、復縁させよう」という泉三郎。
ということで、関女は鉄砲を持って、いざ鎌倉! |