歌舞伎・文楽ミニ知識 - イヤホン解説余話

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「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」 国立大劇場 第1部

節分の夜に

このお芝居は「お嬢吉三」、「和尚(おしょう)吉三」、「お坊吉三」という、いずれも吉三と名乗る三人の悪人を主人公に、意外な人間関係と因縁がからむ数奇なお話が展開します。今回上演される「大川端庚申(こうしん)塚の場」はその三人が節分の夜に出会い、義兄弟の契りを結ぶくだりで、なんと言ってもお嬢吉三の名セリフで知られています。
  左から四世・市川小團次の和尚、三世・岩井粂三郎のお嬢、初世・河原崎権十郎のお坊
=三代目歌川豊国画『三人吉三廓初買』(1860年)
 

幸を願って
「節分」は立春の前の日(本来は四季の変わり目にそれぞれあった)ですが、旧暦が使われていた江戸時代以前は、立春は元日の前後に当たりました。すなわち春の始まりを年の始まりとしていたわけで、今も年始に「新春」とか「初春」というのはそのためです。
立春前日の節分には、古くから、邪気を除いて幸せな春を迎えようと、「豆まき」をしたり、柊(ひいらぎ)の枝にイワシの頭を刺した「柊鰯」を戸口に飾ったりしてきました。今は「恵方巻(大阪の船場が発祥という縁起物の海苔巻)」を食べる人も多く、2007年には恵方ロールケーキというのも出現しました。
厄を払う商売
江戸から明治の中頃までは、大晦日や節分に「厄払い(やくはらい)」といって、災難や病気、いわゆる「厄」を、唱え事をして払う商売がありました。彼らが「おん厄払いましょう」と呼ばわりながら街を廻るのが節分の風物詩だったらしく、家々では豆まきが終わると厄払いを呼び込んで厄を払ってもらい、十二文(500円弱)ほどのお金とめいめいの歳の数ぶん、豆を包んで渡したといいます。

柊鰯:鬼は柊の葉のトゲと鰯のニオイが大嫌い

長寿を並べて
その厄払いの唱え事は「あァら めでたいな、めでたいな。今晩今宵のご祝儀に、めでたき事にて払おうなら、蓬莱山(ほうらいさん)に舞い遊ぶ、鶴は千年、亀は万年。東方朔(とうぼうさく)は八千歳、浦島太郎は三千歳、三浦の大助(おおすけ)百六つ、この三長年(さんちょうねん)が集まりぃ、酒盛りいたす折からに、悪魔外道(げどう)が飛んで出(い)で、妨げなさんとするところ、この厄払いがひっ捕え、西の海とは思えども、東の川へさァらり、さらり」という七五調(7音、5音の言葉を連ねた調子。和歌、俳句、川柳などもそう)の文句です。
川へさらりと
なかの難しい言葉を説明しますと、「蓬莱山」=海にそびえ、仙人がいて不老不死の薬があるとされる中国の伝説の山。「東方朔」=女仙人、西王母(せいおうぼ)の不死身になれる桃を盗み食いし、死ななかったという中国の人。「三浦の大助」=歌舞伎に出てくる106歳の人物。「外道」=邪神で、全文は、要するに、長寿の妨げ(厄)を捕え、川へさらりと流して差し上げましょう、というのです。
厄払いの声がアクセント
さてお芝居で、女装の盗人、お嬢吉三は夜鷹(よたか、下級娼婦)のおとせから百両を奪い、おとせはその拍子に大川(隅田川)へドボン。やがてお嬢が「月も朧(おぼろ)に白魚(しらうお)の…」と有名なセリフを繰り出すと、途中で厄払いの「おん厄、払いましょうー。厄落とし」の声が聞こえます。
心地よい七五調
それを受けてお嬢は「ほんに今宵は節分か。西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆だくさんに一文の銭と違った金包み、こいつァ春から縁起がいいわへ」と続けます。“ 豆だくさんに一文の銭 ”とは「豆のようにじゃらじゃらある小銭」ということ。厄払いの文句をもじり、節分に縁ある「豆」も取り込んだセリフで、夜鷹が川へ落ちて厄が払われ、大枚百両の運が転がり込んだ、とお嬢はご満悦です。まぁ、考えてみますと、盗人が自画自賛しているのですから、けしからん話ではあるのですが、なぜか、聞いている私たちもいい気分になってしまいます。

なおこのセリフや弁天小僧が言う「知らざァ言って、聞かせやしょう…」などは厄払いの文句と同じく、耳に心地良い七五調です。そこからこうした七五調の名セリフは「厄払い」とも呼ばれます。

 
「二人禿(ににんかむろ)」国立小劇場 12月文楽鑑賞教室

小間使い兼見習
『二人禿』は京の島原の廓(くるわ)で二人の禿(かむろ)が羽根つきをする、春の華やぎをえがく景事(けいじ、人形による舞踊)です。
禿は6~13歳の少女で、島原や江戸の吉原など幕府公認の廓にいて、遊女の身の回りの世話をしながら遊女見習いをしました。公に許されていない、いわゆる私娼街では「豆どん」「小職」などと呼ばれたそうです。
逃亡防止?
禿は、元来の意味は短く切った髪型のことらしく、古くは、髪を、頭の頂に少し残して剃っていたようです。廓へ来て間もない子は全部剃り上げた(お座敷へは頭巾を被って出た)ともいい、こうすれば、廓から逃げ出しても見つけやすい、ということだったのでしょうか。
禿いろいろ
特に容姿に優れたり、高級遊女になる素質あり、と見込まれた子は「引込禿」として、外には出さず、店の主のそばで芸事や礼儀作法の英才教育を施したそうです。
廓には四季折々に様々な行事があり、その繁忙期に少年少女を臨時に雇ったのを「雇禿」、そのなかでも美しい少年は「若衆(わかしゅ)禿」といい、花魁道中(おいらんどうちゅう、遊女とその従者たちのデモンストレーション的パレード)に従わせたとか。

オカッパから島田  
お芝居で見られる禿はオカッパか島田に結っています。オカッパは「切り禿」と呼ばれ、「吉原大全」によれば、内裏(だいり、御所)で暮らす童の髪型をまねたとのこと。島田に結い始めたのは江戸後期からのようです。
禿で格づけ
題名の通り、禿は二人で一組とされ、「にほい」と「とめき」のように関連する対の名がつけられました。ただ「松の位」という最高級や格の高い遊女には禿が二人以上つくものの、格下は一人と決まっていたといいます。このように禿は遊女の格も示し、花魁道中などでは、主の遊女の見栄もあって、禿の衣裳の豪華さも競ったようです。

禿の姿を見るとなぜかなごむのは、廓という大人の世界が、そのいたいけなさで和らぐ気がするからでしょうか。
『初世中山富三郎の切禿』
東洲斎写楽画(1794年)

解説余話バックナンバー

 

2020年11月 「一條大蔵譚」歌舞伎座・「本朝廿四孝」国立文楽劇場

2020年10月 「京人形」歌舞伎座

2020年09月 「双蝶々曲輪日記」歌舞伎座・「鑓の権三重帷子」国立小劇場

2020年08月 「らくだ」シネマ歌舞伎
2020年07月 「東海道中膝栗毛」シネマ歌舞伎
2020年06月 「喜撰」シネマ歌舞伎
2020年05月 「蜘蛛の拍子舞」シネマ歌舞伎

2020年04月 「身替座禅」新橋演舞場・「義経千本桜 すしやの段」 国立文楽劇場

2020年03月 「連獅子」伝統芸能 華の舞
2020年02月 「菅原伝授手習鑑 道明寺」歌舞伎座・「道行故郷の初雪」歌舞伎座/「傾城恋飛脚」国立小劇場

2020年01月 「河内山」歌舞伎座・「傾城反魂香」大阪国立文楽劇場

2019年12月 「輝虎配膳」京都南座・「平家女護島」国立小劇場