歌舞伎・文楽ミニ知識 - イヤホン解説余話

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「小笠原騒動(おがさわらそうどう)」 平成中村座

お家騒動もの
『小笠原…』は享和3年(1803)、豊前小倉藩(現北九州市)に実際に起こったお家騒動に題材を採ったいわゆる「お家騒動もの」というジャンルのお芝居です。本名題(正式タイトル)を『小笠原諸礼忠孝(おがさわらしょれいのおくのて)』といい、三代目勝諺蔵(かつげんぞう)が書き下ろし、明治14年(1882)、大阪は道頓堀の戎(えびす)座で初演されました。

猿之助推薦
これを、1977年に、三代目市川猿之助(現・猿翁)が掘り起こして、復活上演。大好評を博しました。三代目中村橋之助(現・芝翫)は、三代目猿之助から「このお芝居をぜひやりなさい」と薦められたこともあり、1999年に南座で、さらに練って上演。今回は、勘九郎が初めて主演し、一味違った魅力やさらなる進化を見せてくれることでしょう。

小笠原流
さて“ 小笠原 ”というと、「小笠原流」という礼儀作法の流派が想い浮かびます。前述のようにこのお芝居の本名題にある“ 諸礼忠孝 ”はその「小笠原流」を匂わせているのだと想像されます。

「小笠原流」は、そもそも源氏の流れを汲む小笠原家に伝わる弓馬、つまり弓術や馬術、さらに武家社会のしきたり全般の流派で、室町時代中期以降、同家はその指導的存在になったようです。
江戸城における弓術の様子(画:楊洲周延)

王~三階菱
源平合戦で戦功をたてた小笠原家の初世・長清とその父は、鎌倉将軍となった頼朝に重用され、「弓馬師範」となりました。

室町期には、長清より七代後の貞宗が後醍醐天皇から「小笠原は日本武士の定式たるべし」と評され、家紋として「王」の字を賜ったといいます。ただ同家では「王」をそのまま用いることをはばかり、それを象徴する三階菱(さんがいびし)を家紋としたのだとか。なおお芝居にでてくる小笠原藩の殿様、小笠原隼人もこの紋をつけています。
見よう見まねを憂い

さらに貞宗より四代後の長秀は「小笠原といえば礼法」といわれる基盤を作り上げ、江戸時代、その礼法は代々「一子相伝」とされ、将軍家と小笠原総領家当主にのみ、その極意が伝えられました。ところが、やがてその「格式のある礼法」を学びたいという声が町人階級から高まったことから、見よう見まねで教える者が出てきた。それは明治になっても変わらず、何の根拠もない「小笠原流」が一人歩きしてしまったというのです。この惨状を憂えた同家32代当主、小笠原忠統(ただむね、大正8年‐平成8年)は「一子相伝」の封印を解き、

三階菱の紋
みずから正当な教えを一般に広めることにした。それが今の「小笠原流礼法」なのだそうです。

形=心
「畳の縁を踏んではならない」「襖(ふすま)の開けたて」「日本間における席順」など、いわゆる日本古来のマナーを元にした「小笠原流礼法」は、相手に対する心遣いを目立たない、自然なかたちであらわす、つまり「こころ」と「かたち」があいまって礼法は成り立つというのがその根本理念です。

 

「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」 国立文楽劇場

割り算の九九
『心中…』「天満紙屋内の段」の前半に治兵衛が算盤(そろばん)を引き寄せ、「二一(にいち)天作(てんさく)の五、九進(ちん:「引」と記されることもあり)が三進(ちん)六進(ちん)が二進(ちん)、七八(しちは)五十六」と言うくだりがあります。これは治兵衛の兄と叔母が訪ねて来るので、女房おさんがうたた寝をしている治兵衛を起こしたところ、治兵衛は算盤をはじき、商売に励んでいる振りをしているのです。
「二一天作の五・・・」というのはに算盤で用いられた割り算の九九(割声)です。中国で考え出され、日本でも昭和10年代まで使われていました。「二一天作の五」は「2で10を割ると答えは5」という意味で、「二進一十(にしんがいんじゅう)、三一三十一(さんいちさんじゅうのいち)、三二六十二(さんにろくじゅうのに)、三進一十(さんしんがいんじゅう)、…」と続きます。意味は「2で2を割ると答えは1、3で10を割ると答えが3で余りが1、3で20を割ると答えが6で余りが2、3で3を割ると答えは1、…」です。
ちなみに「二進(にっち)も三進(さっち)もいかない」は元来「2でも3でも割り切れない」という意味で、これが「計算が合わない」「商売の金銭面でうまくいかない」「物事が行き詰まり、身動きが取れない」と意味が変化してきたのです。

算盤の伝来と型
算盤は日本へは中国から伝わり、15世紀初めには使われていたようです。起源については中国以外にもアステカ、アラブ、バビロニアとする説もあります。中国の算盤は枠が大きく、珠が丸く、天(梁の上側)に2つの珠(2顆)、地(梁の下側)に5つの珠(5顆)があります。これは中国では重さの単位で1斤=16両と定められていて、十六進法の計算をする必要があったためです。日本へもそのままの珠の数で伝わりましたが、明治時代になり、五珠(ごだま:天の1珠)を一つ減らした、天1顆・地5顆の、五つ珠(いつつだま)が普及。昭和10年代に、天1顆・地4顆の四つ珠が珠算教育に用いる標準型の算盤と定められました。
算盤の普及
日本に伝来した算盤は江戸時代には「読み書きそろばん」と言われたように、寺子屋や私塾でも教えられ、大いに普及しました。『心中天網島』「天満紙屋内の段」の舞台にも見られるように、商人の必需品であり、庶民の生活にもなじみ深いものでした。そのことは、「算盤が合う」(採算が取れる)「算盤を弾(はじ)く」(不利にならないよう損得を考える)「商人(あきんど)の子は算盤の音で目を覚ます」(人の習性は、育つ環境の影響を大きく受けるという

(上)中国の算盤、(下)現代日本の四つ珠算盤

こと。商人の子どもは金勘定に敏感で、眠っていても算盤の音で起きるという意から。)など、算盤を含む慣用句が作られたことからもわかります。
昭和から平成へ時代が進み、電卓(電子計算機)が普及すると、算盤が使われる機会は減りましたが、現代でも算盤を使うことは音楽や空間を把握するのに必要な右脳を発達させる脳トレになるなどとして注目されています。


解説余話バックナンバー

 

2019年10月 「碁太平記白石噺」御園座

2019年09月 「東海道四谷怪談」京都南座

2019年08月 「伽羅先代萩」歌舞伎座・「日高川入相花王」大阪国立文楽劇場

2019年07月 「高時」歌舞伎座・「日高川入相花王」大阪国立文楽劇場
2019年06月 「神霊矢口渡」国立劇場・「五条橋」国立文楽劇場
2019年05月 「曽我綉俠御所染」歌舞伎座・「妹背山婦女庭訓」国立小劇場

2019年04月 「奴道成寺」巡業中央コース・「仮名手本忠臣蔵」国立文楽劇場

2019年03月 「積恋雪関扉」国立小劇場

2019年02月 「暗闇の丑松」 歌舞伎座・「壇浦兜軍記」 国立小劇場

2019年01月 「廓文章」歌舞伎座・「二人禿」国立文楽劇場

2018年12月 「二人藤娘」歌舞伎座・「鎌倉三代記」国立小劇場
2018年11月 「実盛物語」平成中村座・「鶊山姫捨松」 大阪国立文楽劇場