くまどりん イヤホン解説余話
Facebook Twitter
 
「河内山(こうちやま)」 松竹大歌舞伎巡業 中央コース

講談をもとに
このお芝居の基は幕末〜明治期に活躍した二代目松林伯円(しょうりんはくえん)が作った講談「天保六花撰(てんぽうろっかせん)」です。これは幕末、天保の世をにぎわせる河内山宗俊・片岡直次郎・金子市之丞・森田屋清蔵・暗闇の丑松・遊女、三千歳の六人が主人公。もちろんこのタイトルは平安朝の和歌の名手たち「六歌仙」をもじったものです。伯円は講談中興の祖といわれるほどの大立者でした。
激動期を騒がせる
河内山と片岡は実在したそうですし、他の面々もモデルがいたと思われます。
当時は老中、水野忠邦が「天保の改革」を図り、幕末の足音が聞こえる変革、激動期。実際 “ お騒がせ人間 ”は多かったのでしょう。浪花節などで人気を得た「天保水滸伝」は博徒、国定忠治の姿を描いています。
胸のすく不良坊主
河竹黙阿弥はこの「天保・・・」を脚色し、「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」を書きました。「河内山」は、そのうち、河内山宗俊が、江戸城の御数寄屋坊主(おすきやぼうず、僧籍の公務員で将軍直参)という身分を笠に、ケチな質屋から大金をせしめるべく、名門大名邸へ乗込み、大名をもへこませる、という痛快な一幕です。
このお話は河内山が実際に起こした事件らしく、他に御三家、水戸の藩士に美人局(つつもたせ)をし、金を脅し取ったことも。
芝居の文明開化
初演された明治14年頃は文明開化、西欧化の一環「演劇改良運動」が盛んで、旧来の歌舞伎は古臭いものとされ、黙阿弥作品も槍玉にあがったといいます。九代目市川團十郎などは芝居を高尚にしようと、それまでの荒唐無稽なものに代る、「活歴(かつれき、活きた歴史)」、史実に忠実な劇を始めました。
やっぱり江戸が・・・

ただ実のところ、大衆は江戸の芝居を愛し、懐かしんだようです。「悪に強きは善にもと・・・」と作者お得意の七五調名セリフも聴けるこのお芝居。観客は江戸への郷愁を誘われたのか、黙阿弥が自身の手記「著作大概(ちょさくたいがい)」に“ 極大入 ”と記したのは後にも先にもこれだけ、という大当りだったといいます。
 
「きぬたと大文字(きぬたとだいもんじ)」 国立文楽劇場
「きぬたと大文字」は明治から昭和時代初めの女流歌人、九条武子(くじょうたけこ)の遺作『四季』の中から、秋と夏の一節を舞踊化したもの。夏の「大文字」は8月16日の五山の送り火 大文字(だいもんじ)とそれを見る人々の様子や思いが描かれています。

大文字焼き
今では神奈川県箱根町、京都府福知山市、奈良市、秋田県大館市、山梨県笛吹市、静岡県三島市、岡山県津山市など全国各地で、旧盆の送り火などとして、山の斜面に大の字を松明で描く行事が見られます(岡山県津山市はライトアップ)。これらが始められたのは箱根町の1921年を除くと太平洋戦争後であるのに対し、京都の大文字(だいもんじ)は記録が残っているだけでも江戸時代前半から行われていました。箱根町も含めて、京都以外のものは京都の大文字を模倣したものと思われます。

ちなみに全国的には「大文字(だいもんじ)焼き」と言われることが多いですが、京都のものは「大文字」と言います。お盆でこの世に戻ってきていた魂を送り返すなどの意味合いから8月16日に行われるところが多いですが、山梨県笛吹市では桃の花が咲き、観光客が大勢訪れる4月前半にも行われます。
京都 如意ヶ岳の大文字


なぜ大文字か?
では、なぜ大文字なのでしょうか?江戸時代以前の文献に記録はなく、明治以降にいくつかの説が考えられました。
1.陰陽五行思想(全ての物事が陰陽と木・火・土・金・水の五要素の組み合わせによって成り立っているとする思想。古代中国で生まれ、5世紀以降日本に広まった)の5つの元素の働きの相克を表したものであり、あらゆる魔よけの呪符とされた五芒星(ごぼうせい)をかたどった。
2.弘法大師が人体になぞらえて大の字型に護摩壇を作り、供養し、病魔退散・五穀豊穣・国家安泰を祈願した。
3.民俗的にいろいろな意味が込められている:
京都では生まれた男の子の額に大の字を書き、宮参りをする。
全国各地に残る伝説の巨人の名前ダイダラボウ

五芒星

大文字の役割
大文字の役割は第一には旧盆にこの世に戻ってきた先祖の霊を送る火であると思われますが、左大文字の灯る大北山の麓にある金閣寺では送り火の前日と当日(8月15〜16日)、護摩木志納を受け付けていて、地元の人も観光客も思い思いの願い事を記入して納めています。これは太平洋戦争前から行われていたとのことです。ここでは大文字は先祖の霊を送る火というだけではなく、神聖な力を持つ祈りの火でもあると考えられます。
大文字と文学
この九条武子の『四季』以外にも、京都の大文字は様々な文学作品に取り上げられています。俳句にも多く詠まれていて、「大文字(だいもんじ)」は8月16日で立秋の後なので、秋の季語です。大文字を詠んだ一番有名な句は与謝蕪村(よさぶそん)の
大文字やあふみの空もただならね
でしょう。これは「今日は京都の大文字なので、大文字山を越えた東の近江(おうみ。現在の滋賀県)から見ると、大文字の火が赤々と空に映えて、ただならぬことになっているだろう」というような意味で、大文字の送り火をダイナミックに詠んだ句です。

小説でも吉井勇(よしいいさむ)作『京に老ゆ』、水上勉(みずかみつとむ)作『沙羅の門』などに大文字の送り火とそれを見る人々の人生が描かれています。このように、大文字は京都を代表する行事として、古くから人々の生活に溶け込み、多くの見物客を引き寄せ、親しまれてきたのです。
 
閉じる