「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場」
歌舞伎座
くまどりん
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源九郎狐
『義経千本桜』は『菅原伝授手習鑑』『仮名手本忠臣蔵』とともに三大名作の一つ。題名に「義経」とありますが、主人公は源義経ではなく、平知盛・いがみの権太・源九郎狐と場面によって変わりますが、その周りの人(動)物で、「川連法眼館の場」では源九郎狐が主人公です。後白河法皇から義経に初音の鼓が下賜されましたが、源九郎狐はその鼓の皮にされてしまった両親を慕って、義経の家臣、佐藤忠信に化けて、鼓に近づこうとしていたのでした。義経の愛妾、静御前に正体を見顕されるとパッと衣裳が変わり、忠信に化けていた源九郎狐は狐の本性を現します。

本性を現した後、義経を夜討ちにしようとたくらむ悪僧たちを狐の通力で化かす場面の源九郎狐の衣裳は上半身に宝珠と火の模様があります。これらは狐とはどのような関わりがあるのでしょうか?

ダキニと狐

ダキニは8世紀頃成立した密教経典『大日経疎』では人の死を事前に知り、その肉を食らう夜叉鬼とされていて、閻魔天曼荼羅(えんまてんまんだら。閻魔天を中心に仏教の世界観などを象徴的に表した図像)では閻魔天の取り巻きとして登場します。元々『大日経』(7〜8世紀頃成立した密教経典)で閻魔天とともに現れるのは烏・鷲・婆栖・野干など、死肉を食らう動物でした。そこから、これらの動物と同じく、死肉を食らうダキニも閻魔天とともに登場するようになったのでしょう。
野干はもともとジャッカルの音訳ですが、中国や日本にはジャッカルは生息しないので、狐と混同されるようになったと言います。
ダキニは『大日経疎』より、さらにさかのぼるとインドの民間信仰では下級女神だったと思われ、日本の密教に取り入れられると、「宝冠を被る女神が狐にまたがり、右手に宝剣、左手に宝珠を持つ姿」で表されるようになりました。13世紀初めにはダキニは狐とみなされるようになったといいます。

蛇と狐
稲荷信仰の根源には古代原始信仰における祖先神・種神としての蛇がありました。狐は全身が黄色い毛で覆われているので、陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)では土気を持つとされ、穀物神と考えられるようになりました。
陰陽五行思想は、万物を「陰と陽」2つに分けて考える「陰陽思想」と万物は「木・火・土・金・水」の5つの元素からなり、互いに影響しながら変化・循環するとする「五行思想」が組み合わさった古代中国に始まる思想で、これにより様々な事がらの説明がされるようになりました。日本での狐に対する見方は陰陽五行思想が根底になっていると思われます。


枳尼天(だきにてん)
土佐秀信『仏像図彙』より




伏見稲荷大社の御神符

蛇は稲荷信仰において「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)」という主祭神になり、狐は実質的には主祭神の地位を蛇から引き継ぎつつ、その使者となりました。その後、狐神は仏教と習合して「白辰狐王菩薩」とされ、その力は主祭神を凌ぐようになります。伏見稲荷大社の御神符(左図)を見るとそのことがよくわかります。
そうしてみると狐の宝珠は、蛇と同一視されることもある竜の如意宝珠を起源に持つのかもしれません。神社の狐は宝珠を咥えている姿などで見られ、宝珠は霊力を象徴するとされています。

狐と火

陰陽五行思想では先ほど述べたように、狐は土気に属するものとされ、火気が土気を生むとされるので、狐と火も深いかかわりがあります。火に誘われて狐が出てくるという伝承が各地にありますが、解釈の違いにより、火に誘われて化けたまま出てくる狐もあれば、火によって正体を顕されて命を落とすという伝承もあるそうです。

このように狐は宝珠にも火にも深い関係があるのです。


 
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